『霊枢』から読む経絡;経脈篇 ①手太陰肺経

【本稿は中医学を学ぶ方向けの内容です】

 

原文

肺手太陰之脈.起于中焦.下絡大腸.還循胃口.上膈属肺。

従肺系横出腋下.下循臑内.行少陰心主之前.下肘中.

循臂内上骨下廉.入寸口.上魚.循魚際.出大指之端。

其支者.従腕後直出次指内廉.出其端。

 

現代語訳

手の太陰肺経の脈は、中焦(胃の中ほどのあたり)に始まり、下って大腸をまとい連絡し、再び戻って胃の入り口(胃口)をめぐり、横隔膜(膈)を貫いて上がり、肺に属する。
肺から喉へと続く「肺系」から横に出て脇の下(腋下)へと向かい、上腕の内側(臑内)を下る。

手の少陰心経と手の厥陰心包経(心主)の前を走り、肘の中(肘中)へと下る。
さらに前腕の内側を橈骨(上骨)の縁に沿って進み、手首の脈を打つ部位(寸口)に入り、そこから親指の付け根のふくらみ(魚)に上がり、その縁(魚際)を通って、親指の先端から外へ出る。

その枝分かれした脈は、手首の後ろ(列欠穴のあたり)から人差し指(次指)の内側の縁へと真っ直ぐ進み、その先端へと至る。

 

<補足>
中焦(ちゅうしょう): 腹部の中央(みぞおちからへその間)。消化・吸収を司る部位。
胃口(いこう): 胃の上口(賁門付近)。
肺系(はいけい): 肺と喉・気管などをつなぐ構造。
臑内(どうない): 上腕の内側(上腕二頭筋のあたり)。
少陰心主(しょういんしんしゅ): 手の少陰心経と、手の厥陰心主(心包)経のこと。
寸口(すんこう): 橈骨動脈の拍動部(手首の脈診をする場所)。
魚 / 魚際(ぎょ / ぎょさい): 親指の付け根にある肉の盛り上がり(母指球)。
次指(じし): 人差し指(第二指)。支脈はここから手陽明大腸経へとつながる。

 

新版経絡経穴概論訳

中焦に起こり、下って大腸を絡い、かえりて噴門部をめぐり、横隔膜を貫いて肺に属する。

肺から気管、喉頭をめぐって腋下に出て、上腕前外側、肘窩[尺沢]、前腕前外側、手関節前面横紋外端の動脈拍動部[太淵]、母指球外側を経て、母指外側端に終わる。

前腕下部[列欠]より分かれた支脈が、示指外側端に至り、手陽明大腸経につながる。

 

臨床意義 -私的解釈-

なぜ、中焦からはじまるのか

手太陰肺経が中焦から起こるのは、経脈を流れるエネルギーの供給源が消化器系(中焦)にあるという、古代中国医学の「気血の生成と循環」に関する基本原則に基づいている。

  • 営気の源泉
    中焦(胃や脾の周辺)は、飲食物から得られる活力である「営気」が宿る場所とされている
    。経脈はこの営気(気血)が流れる通路であり、その循環の出発点として、エネルギーの産生源である中焦が選ばれている。
  • 消化力と経脈説の結びつき
    経脈説のルーツは「豊かな食べ物」や「健全な消化力」と一体であると考えられている。
    つまり、身体を巡るエネルギー網である経脈の記述において、消化・吸収を担う部位から始まることは、当時の医学思想においては合理的であったのだろう。
  • 肺と中焦の関係
    肺は「天気(自然界の清気)」を司るが、一方で脾胃(中焦)の「穀気(飲食物の気)」とも深く関わっている。肺の経脈が中焦から始まり、胃の入り口(胃口)を巡ってから肺に属するのは、胃から得られた飲食物の精微(水穀の精微)が肺に運ばれ、そこで吸入された空気と合わさり全身を巡る気へと変化する過程を反映するものである。

 

大腸を絡うのはなぜか

肺手太陰之脈(肺経)が「大腸」を下ってまとい、連絡(下絡大腸)している理由は、肺と大腸が「表裏関係」という対を組んでおり、さらに手太陰肺経が大腸に連絡しているのは、呼吸器(肺)と排泄器(大腸)を一つの構造(太陰-陽明)として統合し、気血の巡りを円滑にするためという理論的・構造的な理由に基づいている。

  • 臓と腑の「表裏関係」
    古代中国医学の理論では、五臓(肺・心・脾・肝・腎)と六腑(大腸・小腸・胃・胆・膀胱・三焦)がそれぞれ陰と陽で対となっている。これは、臓腑とは単に独立しているのではなく、「表裏」の関係にあり、互いに影響し合いながら機能しているとの考えからくるものである。
  • 経脈による相互連絡の仕組み
    上述と同様に、経脈の法則としても、特定の「臓」に属する(属する:直接つながる)経脈は、必ずその対となる「腑」をまとう(絡う:情報網としてつなげる)という構造を持っている。
  • 生理的な連携
    肺と大腸が属絡関係にあることで、気の昇降の調節( 肺は呼吸によって気を「降ろす」働きを主るため、この肺の気が正常に降ることで、大腸の排泄(便通)が正常になる。)や防衛機能( 肺は皮膚(皮毛)を主り外邪を防ぐが、大腸との連絡を通じて体内から不要なものを出すことで、清浄な状態を維持し正気を支えている。)を高めることができる。

寸口を流注する意味

手太陰肺経の流注が寸口を通る意義は、「臓腑(内部環境)の状態を映し出す鏡(診断の場)」であり、かつ「全身のエネルギー循環の起点としての拍動を刻む場所」であることにある。

  • 全身の状態を把握する「脈診(みゃくしん)」の拠点
    五臓の推測:古代の医学では、寸口を寸・関・尺の3つの部位に分けることで、身体の外側から内部にある五臓や経脈の状態を類推し全身の指標としていた。
  • 肺が「百脈を朝ずる」の象徴
    肺は「朝百脈(肺は全身の血脈を統括する)」という特性がある。手太陰肺経は「中焦(胃のあたり)」から始まり、飲食物から得られたエネルギー(営気・気血)が最初に注ぎ込む経脈であるため、 この経の脈が最も強く打つ「寸口」を通ることは、「全身を巡る気血の循環が、呼吸を司る肺の経脈において脈拍として現れる」という理論を物理的に裏付けている。
  • 原穴「太淵」との一致
    寸口は、肺経の「原穴」である太淵穴と同じ位置にある。
    肝・心・肺・腎の四臓の原穴は「動脈拍動部であり、診脈部であり、かつ経穴である」という特徴を持っている(脾は例外)
    また、
    寸口を通ることで、生命活動の根源的なエネルギーである「真気(正気)」の状態を直接確認し、必要があればそこから治療(補瀉)を施すことができるという意義がある。
  • 天地(呼吸と飲食物)の精の統合の証明
    肺経は「胃の入り口(胃口)」を通り、中焦で作られた「地の精(穀気)」を肺に輸送する。これが肺で吸い込まれた「自然界の清気(天気)」と合わさり、全身を巡る気血となる。 流注が寸口を通ることは、「呼吸によって取り込まれた気と、胃から得られたエネルギーが統合され、脈動として全身へ送り出される準備が整った」ことを象徴している。

 

 


こちらは、「青船アカデミア」と称した中医学を学ぶ上での私的備忘録です。
鍼灸臨床に必要となる知識を学びなおすためのコンテンツとしてまとめています。
主に、古典を臨床の視点から読み直し、日々の治療にどう接続できるかを検討することを目的としています。
原文が示す意図や難解な表現を手がかりに、必要な知識をあらためて整理していきたいと思います。

「青船(あおふね)」とは、にじいろ鍼灸院のある神奈川県鎌倉市の「大船(おおふな)」の、かつての名称とされます。
古くは海に面した湾で大型船が出入りしていたことに由来する説や、近隣寺院の山号にちなむといった説が伝えられています。
たくさんの中医学を学ぶ仲間が集まり、つながっていきますように、という願いを込めました。

みなさまの日々の臨床を振り返る際の一助となれば幸いです。